※今回はゲストからの投稿です。私の大学の後輩にあたります。
思えば、過去を振り返る年になってしまったんですね・・・いつのまにか(谷本)。
学生時代に1年間、塾で教えていたことがある。
というより、先輩から譲り受けて運営を任されていた。
生徒は小学校4年生から中学3年生までで45人位はいたと思う。
とある商店街の酒屋さんの2階にあった。
ほとんど何も教えなかった。小学生は近くの浜辺で「松ぼっくり」戦争。
中学生は「大貧民」「ナポレオン」などのトランプをしていた。
しかし、みんな成績がアップし、父兄にも喜ばれていた。
ある日、関学の高等部に合格した生徒に聞いてみた。
「なんで、こんな塾に来てて、関学の高等部なんか入れたん?」
「先生、こんな楽しい塾ないで。遊んでるだけやもん。
成績落ちたら、塾、止めさせられるやろ。僕も必死やってん」
・・・まぁ、概ね、みんなそんな意見であった。
つまり、子供たちの息抜きの場として、存在していた非常に珍しい塾だった。
しかし、きちんと教えた事もある。
ある日、集めた月謝を机に入れたまま、授業の合間に外出していた。
帰って来ると、机の中の月謝が無い。
僕はみんなを座らせて言った。
「先生が今から、1万円札をライターで燃やします」
生徒達は口々に「もったいない!」と叫んだ。
「聞け!こんなもんもったいなくない。もったいないのは、こんな金のために人殺しまでする人間や。その人の人生や!!」
次の日、お金は机に戻っていた。
僕は僕なりに青臭く何かを教えようとしていたのかも知れない。
そして、こんな事があった。
それは受験を控えた中学3年生のクラスだった。7人ほどのクラスに彼はいた。
「先生、聞いてくれ。俺、数学で76点とってん」
「おお、すごいな。ようやったな」
彼は乱暴な性格で、成績もあまり良くなかった。どこで躓いているのかを見つけ、小学校の教科書からやり直しをして、教えた子だ。
「それがやな、先生、聞いてぇな。
親父に見せたら『どうせ、カンニングしたんやろ』って、言いやがって。俺、くやしいわ」
彼のお父さんは大工で、彼はお母さんの連れ子だった。
「なに!ほんなら、今から、先生、行って話ししたるわ」
「・・・いや、ええわ。また、なぐられるし。・・・先生、おれ、がんばったやんな」
「おお、おまえはがんばったで。ほんまにがんばった」
僕はわずか1年で塾を辞め、人に譲った。子供たちはどんどん巣立って行くのに立ち尽くしたようにその場に留まる自分が嫌だったのだ。
そして、僕は今でも彼を時々、見かける。
朝、バスの窓から、自転車をすごい勢いでこいで行く彼を見かけるのだ。
最初は日焼けした顔に作業着だった。
やがて、痩せた体に薄汚れた服、目だけがやけにぎらつくようになっていった。
自転車に乗った彼はとっくに40を過ぎ、髪には白いものが混じっている。
働いているのだろうか、一人ぼっちなのだろうか・・・。
きまって、喉の奥に苦いものが込み上げてくる。
俺はあの時、何かをしてあげられたのだろうか・・・。
それはやがて、「俺はいったい何をしてきたのだろうか・・・」という思いへと変わっていく。
エンジンの音が響き、バスは彼の後姿を残したまま、ただ行き過ぎていく。